18年振りにテントを持って山へ
            烏帽子岳から槍・穂高連峰縦走
                       2001年 8月1 1日 (水)〜 4日(土)
                                     新井明博 
           

 プロローグ

 大学に入学すると,ワンダーフォーゲル部の勧誘を受け山に登り始め,
その後は社会人山岳会に入会, 20歳台は年間100日前後山に行っていました.
しかし30歳が近づくと,結婚を前に岩登りや冬山のハードな山登りから退き,
結婚後は家族での山歩きとなりました.

 長男は1歳になる直前の夏に伊豆ガ岳に背負って行ったのを始めに,
奥武蔵の山によく連れて行きました.
3歳の時には白馬岳の山頂に立ち,小学校に入る前の年には,
5月に安達太良山,10月に越後駒ガ岳に登ったというのが記憶に残るところです.
 ところが,その子が小学生になると野球を始め,日曜祭日は野球ということになり,
山にはすっかり行けなくなってしまいました.
長男が小学一年生の時に生まれた次男は,休みといえば野球見学で,
山に連れて行くことはほとんどありませんでした.

 そんな中でも,山に行きたいという思いは持ち続けていました.
特にここ3年,毎年夏になると裏銀座コースに行きたい,
でも行けないという状況に陥っていました.
このままでは…と,ついに今年こそは絶対行くぞと一大決心(?),
山に行く準備を進めることにしました.
 
 いまや周りに山に付き合ってくれる人はいないので,単独行です.
テントを持っての縦走は,結婚して最初の夏休みに女房と飯豊連峰に行って以来で,
実に18年振りということになります.
 週に一度テニススクールに通い,週末には近所の体育館で汗をかき,
時に野球やソフトボールをやるという程度の運動をしていましたが,
6月からは,夏山に向け朝走ることにしました.
とはいっても,ゆっくりと3キロ程度のランニングで,朝起きられなかったり,
二日酔いなどで,実績は平均週2回程度でした…

 7月になると,一人用のテントを買い,ザックを買い,雨具を買い,
地図やその他の小物も揃えていきました.
信濃大町駅まで夜行で行くか,朝一の特急で行くかどちらがいいかと悩みましたが,
行程の上では朝から歩き出せた方がいいだろうと夜行で行くことにし,
指定席券を買いました.

 食料はお湯を沸かせばできるものでと割り切り,
朝食は乾燥食品の炊き込みご飯に味噌汁,夜はα米にレトルト食品,スープとすることにしました.
そのような視点でスーパーを覗いてみると,味噌汁には焼き椎茸,焼き茄子,
スープにはワカメスープやフカヒレスープ,レトルトにはすき焼き丼,中華丼,
そぼろ丼などなどと品豊富なのには驚きました.
飲物はレモネード,ココア,緑茶と,水やお湯を注げばすぐに飲めるものとしました.
 
 お昼はちょっと悩みましたが,結局はフランスパンにママレードジャムをメインに,
チーズ,ドライフルーツ,キャラメル,飴,ビスコを持っていくことにしました.
日程は,3泊4日でしたが,1日予備日とし,食料は5日分用意することにしました.
非常食は下山後のつまみを兼ねるサラミに好物のチョコレート.

 長野県警のホームページで,槍穂高方面の夏山情報を見,
気象通報(NHK第2放送)の周波数を確認,登山計画書の様式をダウンロード,
久し振りに登山計画書なるものを記入しました.
8月1日から4日,高瀬ダムから入山,烏帽子岳から槍ガ岳へ縦走,
槍沢を上高地へ下山としました.
 とはしたものの,今まで槍穂高連峰で前穂高岳の頂上にだけは立ったことがなかったので,
体調と天候によっては,前穂高まで行こうと密かに思っていました.

 出発前の日曜日に食料の買出し,パッキング.ザックを背負ってみたら,
15キロから20キロの間くらいに感じる重さで,この重さなら大丈夫,行けるぞと思えました.

      

8月1日(水)

高瀬ダム(6:50)…烏帽子小屋(烏帽子岳往復)…三ツ岳…野口五郎小屋(14:30)

 急行アルプスで信濃大町駅に着くと,高瀬ダムまでのタクシーを予約しているという
年配の女性の方に声をかけていただき,そのタクシーに同乗.
1人なら7,000円以上かかるところ1,800円で済みホッとする.

 高瀬ダムの上でタクシーを降り,登山を開始する人は40人くらいか.
ブナ立て尾根の登山口からは,はやる心を抑えて,
じっくりゆっくりと言い聞かせながら登り始める.

 昔の合宿で身についた,50分歩いて10分休憩というペースで登る.
週2回とはいえ朝走っていた効果か,体が軽く感じられる.
とはいえ,たっぷりと汗をかき,上着は汗でびっしょりとなる.

 烏帽子小屋からは烏帽子岳を往復する.
空身で歩き始めると,脚が重く感じ「えっ!?」疲れが出たのかなと思いながらも,
時間的に早いので,野口五郎小屋まで行くことにする.
 途中単独行の人と言葉を交わしながら,野口五郎小屋へ.
今回のテントを山で張るのは初めてなので,6人用のテント
が張れるようなところに張ってみる.

 夕食までの時間はテントの中で横になって過ごし,食後は立教大のワンゲルの人と話す.
7時に寝袋に入る.


8月2日(木)


野口五郎小屋(4:30)…野口五郎岳…真砂岳…水晶小屋(水晶岳往復)…ワリモ岳…
鷲羽岳…三俣山荘…三俣蓮華岳…双六岳…双六小屋(13:15)


 3時に起きて,外を覗いてみると満天の星空! 4時半に歩き始める.

 野口五郎岳の頂上にはすぐに着き,通過してしまおうかと思ったが,
槍穂高連峰が目の前に現れ,写真撮影.
そこからは空中遊泳ともいえそうな快適な稜線漫歩.

 水晶小屋から水晶岳を往復するが,行き交った登山者は行きと帰りで1人ずつ.
水晶岳の山頂からは,槍穂高をはじめ,黒部源流・雲ノ平や立山・黒部・
後立山方面を見渡す.

 水晶小屋から先は,登山者が増えてくる.
鷲羽岳の山頂からも展望を楽しみ,三俣山荘を目指すが,
この下りは暑い日差しの中,たっぷり時間がかかったように感じてしまった.

 三俣山荘に着くと,「飲料水・無料」という札が目にとまり,レモネードやココアをお替り,
昼食とする.
三俣山荘は2,3日のんびり滞在したいと思わせる素敵なところだが,双六小屋を目指す.
 三俣蓮華岳から双六岳へは稜線を歩く.
この頃になるとちょっとした登りもきつく感じるようになる.
できれば槍ガ岳山荘までと野心を抱いていたが,それは無謀な考えであった.

 双六小屋に着く頃に雨が降る.双六小屋は要衝の地にある小屋という感じで,幕場も広く,
新穂高温泉側から登ってくる登山者も多い.
家族4人連れでテントを張っていたが,お父さんはキスリングであった.


8月3日(金)


双六小屋(4:25)…樅沢岳…槍岳山荘…中岳…南岳…北穂高小屋(13:01)

 今朝も満天の星空!樅沢岳の山頂に着くと同時に,遠方の山影から日の出.
朝日を受ける山々を見渡す.

 西鎌尾根を槍の肩を目指しピッチを上げる.千丈沢乗越からは,
飛騨乗越を目指して登るパーティや槍から西鎌尾根を降りてくる人たちを見ることができる.
幸い乗越から槍の肩までの登りは日陰で助かる.
 ひたすら登って槍の肩に出ると,富士山が目の中に飛び込んできた.
途中単独行の人や家族連れの人と言葉を交わしながらも,
双六小屋から槍の肩まで3時間半であった.

 槍の穂先は取り付く人が多く渋滞している.
槍の頂上には過去4回立っているから登らなくてもいいやと先に進む.
差すような日の照る中,南岳小屋へ.

 小屋の前で喉を潤し,腹ごしらえをして,大キレットに向かう.
岩場を降り梯子のところに行くと,高齢者の3人パーティが登ってこられる.
昨日は北穂小屋,今日は南岳小屋とのこと.
 岩場をへつるところでは,母子3人連れと行き交う.
途中道を譲りあう待ち時間にいくつかのパーティの方々と言葉を交わす.

 A沢のコルからは,北穂高岳への長くて急峻な登りとなる.
ここに至って一日の疲れが出てきたという感じで,
岩場を前に幾度となく心拍数を整えながらの登りとなる.

 北穂高小屋に着いた時には,もうこれ以上歩きたくないという状態で,
しばらく脚を投げ出していた.
周りでは生ビールを飲む人やカレーライスを食べる人,
売店のお姉さんにテント場のことを尋ねると「小屋に泊まるのもいいのでは」.
山小屋は何と誘惑の多いところなんだと思いながら,
一度は北穂にテントを張ってみたかったと幕場に向かう.
 幕場の一番上に丁度一人用のテントを張れるスペースがあったので,そこにテントを張る.
夕食を摂るころにはテントは8張りになっていた.

 北穂高小屋の直下ですれ違った家族連れ,あの小学生の女の子は,
どんな思いで大キレットを越えて行ったのだろうか.

8月4日(土)

北穂高幕場(4:50)…涸沢岳…奥穂高岳…前穂高岳…岳沢ヒュッテ…河童橋(12:45)

 今朝も星空.ところが朝食を食べ終わって外を見ると「えっ!?」
稜線の方からどす黒い雲が広がってきている.
今にも泣き出しそうな雲で,しばらく様子を見る.

 テントをたたみだすと,同じテント場に泊まっていたカップルが側を通る.
「雨が降ってきますかねえ?」
「途中で雨が降ってきても,穂高岳山荘のところから涸沢に下れますよ」

 歩き始めるとじきに先ほどのカップルに追いつき,同行することになる.
滝谷側からやや強い風が吹き付ける中,ガスに覆われた稜線を進む.
穂高岳山荘の前まで来ると,そこは別世界,多くの登山者で賑わっていた.
登山者が行き交う中,奥穂高岳へ登る.残念ながら,山頂からの展望は得られない.
早々に前穂高岳に向かう.

 歩き出すとすぐにガスが上がってきて…,「えっ!?」
紀美子平には人の群れ!
奥穂と前穂の間は,夏山のメインルートとなっていた.
吊り尾根は登山者の少ないところと思っていたが,全くの認識不足であった.
紀美子平から前穂高岳へのルートは,行列の中を行き来するといったところ.

 山頂からは,槍ガ岳は雲の中であったが,奥穂高岳,涸沢岳,北穂高岳を望むことができた.
重太郎新道を下り始めると,いきなり停滞.
ここまで来れば,もう先を急ぐことはないと思いながら下る.
途中道がジグザクになったところで,先に行かせてもらう.
 よくこんな道を下ったり登ったりするもんだと辟易とする急勾配,登る人が多いのには驚く.
下りなのに,たっぷり汗をかいて,岳沢ヒュッテへ.
生ビール!ラーメン!ここまで来ることができたという感慨にふける.
その余韻に浸るように上高地まではゆっくりと下る.

 上高地に出ると,全くの別世界,観光客でごったがえしていた.
バスターミナルに着くと,5分後のバスの整理券で,
今回の山行を象徴するような慌しさで,休む間もなく上高地を後にした.


       


 久し振りの山行であったが,天候に恵まれ,無事烏帽子岳から前穂高岳まで歩くことができました.
山の中では,二言三言言葉を交わせたに過ぎませんが,
単独行の人,ワンダーフォーゲル部の人たち,カップル,ご夫婦,
家族連れや高齢者のパーティなどなど多くの人たちとお会いすることができました.

山から帰ってみると,長年山に行っていなかったにも拘らず,次はどこ,その次は…と,
次から次へと山の名前が浮かんできます.
おおいに山を楽しみましょう.そしてまた山でお会いしましょう.