白馬岳から日本海へ
白馬三山から栂海新道縦走

2 0 0 2年8月1 0日(土)〜1 3日(水)          新井明博

昨年の夏に18年振りに天幕縦走(裏銀座から前穂高岳),今年の4月には雪倉岳に山スキーに出かけた.
残念ながら,この4月は強風で雪倉岳の山頂には立てなかったが,蓮華温泉から見た雪倉岳,朝日岳の姿はとても魅力的で,毎年山スキーに通いつめたいと思わされるところがあった.
そこで,今年の夏はその下見を兼ねて,白馬岳から雪倉岳・朝日岳を通って蓮華温泉に下るコースに行ってみようと思い始めた.
今まで鑓ガ岳,杓子岳の頂上には立ったことが無かったので,鑓温泉から上って,白馬三山から雪倉岳・朝日岳・蓮華温泉の2泊3日の縦走とした.
朝日岳からは日本海に延びる栂海新道がある.栂海新道のことは,30年ほど前に「山と渓谷」で読んで以来気にはなっていたが,低山を歩くことになるので,夏の炎天下には行きたくないと思っていた.
ところが,下山後の帰路を調べてみると,バスの平岩駅への到着時刻と大糸線・中央線の連絡がすこぶる悪い.
インターネットで検索してみると,糸魚川から越後湯沢経由が早いと出た.
新幹線!それなら親不知駅からならどうなんだ….もう1日加えて,白馬三山から栂海新道へ縦走と決めたのは,出発の2日前だった.

8月10日(土)

猿倉(6:45)…鑓温泉…天狗山荘(12:30)

白馬駅で急行アルプスを降りると,さすがに夏山シーズン,猿倉行きの臨時バスに連絡していた.
山はどんよりした雲に覆われていて,猿倉に着く頃には小雨となっていた.
腹ごしらえをして,水筒に水を満たし,登山計画書を提出して出発.
雨具を着ずに歩いているのは私ぐらいか.大雪渓への道と分かれて鑓温泉に向かうのはこれまた私一人,静かな山歩きとなる.
じきに雨はあがるが,視界は利かない.
途中下山してくる人たちとすれ違いながら,ゴーゴーと水が流れる杓子沢を渡って,花の道へ.
数人のおじさんたちが浸かる露天風呂の脇を通って,鑓温泉へ.
受付の窓が開いて,若い女の子が「お疲れ様です」ここで昼食とする.
上から下りてくる人が来る度に受付の窓が開いて「お疲れ様です」呼び込みは女の子に限る.
お腹を満たし,のどを潤し,できれば白馬岳の頂上宿舎までと思いながら,黙々と斜面をのぼりつめ,稜線へ.
が,稜線に出た途端に雨が降り始めてきたので,予定通り天狗山荘に向かう.
すぐに雨が強くなり,慌てて雨具を着る.
幕場に着く頃には雨はあがっていた.
テントの中でゴロゴロしていても,濡れた服はなかなか乾かないので,しばらく付近をウロウロした.
不審者と思われたかもしれない.
寒さを感じた一夜であった.私のテントの隣には5人家族がテントを張った
.5年生くらいの女の子,2年生くらいの男の子と3歳くらいの男の子.メロンを食べて,缶ビールや缶ジュースを水場で冷やしていた.お父さんは一体どんな荷物を背負っていたのだろうか.


8月11日(日)

天狗山荘(4:30)…鑓ガ岳…杓子岳…白馬岳…雪倉岳…朝日小屋(13:15)

稜線はどす黒い雲に覆われ,東の空は不気味なまでの朝焼け.
稜線に出ると黒部側から強い風が吹いていた.
鑓ガ岳,杓子岳は山頂を通るコースを歩むが,展望は全く得られない.
足元の可憐な花が心を慰めてくれる.
途中,高山植物の群生の中に足を踏み入れて記念撮影をしている人がいたので,「登山道から足を踏み外してはいけませんよ」と注意する.
杓子岳と白馬岳との鞍部からは,大雪渓を望むことができる.頂上宿舎の幕場には多くのテントが張られていた.
白馬山荘に着き,休憩をとろうと思ったが,風を避けられるところがなく,小屋の中に入る.
片づけをしている女性に「天気図はありますか」と尋ねると,常駐隊の人につなげてくれた.
「寒冷前線が通過したのですかねえ」「いえ,日本海に低気圧があります」雑談をしていると,その人は要さん(*1)の甥に当る人だと判り,世間は狭いものだと改めて思う.
展望レストランに入って,コーヒーとおやき二つを注文する.
ピアノのメロディーを奏でるスピーカーの前で暫し寛ぐ.外に出たくないという思いが強くなってくるが,朝日小屋までと言い聞かせ外に出る.
白馬岳の山頂からは,『素晴らしい景観が一望できる』はずが,何も見えない.
やせた岩稜の馬の背を通って三国境へ.長男が3歳でここを歩いた時のことを思い出す.
白馬大池への道と分かれ,広々とした稜線を下り,鉢ガ岳の東面を進む.
多くの高山植物と出会うが,最盛期の7月下旬頃に訪れたら素晴らしいことだろう.
避難小屋からは雪倉岳への登りである.
山スキーで蓮華温泉から登って来ると,山頂への最後のつめはどこだろうかと探しながら登る.
それらしい沢に出会った後も,山頂へは急登が続く.
ガスに覆われているので,正確なところはわからなかった.
昔,山頂から快適な広い斜面を滑降した記憶があるが,夏道の周りには岩がゴロゴロしている.
雪倉ノ池も見ることができず,山頂からの滑降ルートは確認できなかった.
大きく右側から回り込むように下って赤男山との鞍部に出ると,多くの登山者が休んでいた.
ツバメ平,小桜ガ原と木道の上を進む.
一人になると,思わず周りを見渡し,大自然の只中にいるという思いに浸る.
白馬水平道に入って辟易とする頃,水の流れる沢に出会う.
思わず顔を洗い,これでもか!というくらいに水を飲む.ほどなく朝日小屋に着く.
テントを張った後,時々雨がパラつく.朝日小屋の前から見る日本海を期待していたが,下界は雲海に覆われたままであった.

*1.田中要さん:五竜神城の宿「西仲屋」の婿殿.山岳救助や山のガイドに携わる.
三十路会の一員として5月の連休にお世話になった時には,山スキーのコース案内やタラの芽やワサビなどの山菜採りの案内をしていただいた.もう五十路会!?


8月11日(日)

朝日小屋(4:30)…朝日岳…長栂山…黒岩山…サワガニ山…犬ガ岳…菊石山…白鳥小屋(12:47)

朝3時に起きることにしていたが,2時頃からバタバタしているパーティがあり,私が朝食の準備を始める頃には出発していった.
昔の合宿を思い出す.朝の快調なワンピッチで朝日岳山頂へ.
『白馬連峰から剣・立山連峰の眺めが素晴らしい』のだろうが,何も見えない.
広々とした山頂で,スキーの時は東に向かって滑って行けば良いのだろうか?山頂から少し下ると,右側に雪田がある.
大きそうだが,視界が悪く全容は判らない.
左側の平坦地にはキャンプ禁止の立札があるが,テントが2つ張られている.
少し下ると,五輪尾根や日本海に続く山並みが見えてくる.さらに下っていくと,年配のご夫婦が登って来られる.
「早いですねえ」と声をかけると,「すぐ下の雪渓のところでビバークしていました」とのこと.
大きな荷物を背負った人が登って来て,扇沢まで縦走するとのこと.
ちょっと苦しそうに登って行かれるので,大丈夫かしらと心配してしまう.
鞍部まで下ると,いよいよ栂海新道の入口である.
もう登山者はいないのかなあと思ってしまう.
トンネルのようになった樹林帯を抜けると,明るい草原に出る.木道のところで3人パーティに追いつく.
この辺りが錦繍に染まった時はきれいなんだろうなと思う.
長栂山の先の広い平坦地で,目の前に広がる山並みを前に地図を広げ,これから先の行程を確認する.
白鳥山までは遠いなあ,登りも結構あるなあ…,よしっ!と気合いを入れて立ち上がる.
下り始めると,二人パーティが休んでいて,その先で上って来る単独行者に出会う.
このコースを上る人がいることにちょっと驚く.
庭園のようなアヤメ平から,黒岩平へ.水の流れているところで3人パーティに追いつく.
「お先にどうぞ」「ここで休みます」信州大学山岳部のパーティで,女性リーダーである.
ここでゆっくりしていると,また単独行の人が上ってくる.
適当な所で露営しながら登ってきているとのこと.
黒岩平はテントを張って泊ったら,素敵な一晩を体験できそうなところであるが,キャンプ禁止の立札が立っている.
きっとここに泊る人がいるのだろう.
黒岩山からは痩せた尾根上の道となる.
所々で尾根を越えていく涼風で汗をかいた体を癒す.
サワガニ山では『たどってきた栂海新道の全貌が眺められる』と期待していたが,既に雲が下がってきていて,何も見えない.
北又ノ水場では,単独行の外人さんが休んでいた.
適当な所で泊りながら上って行くとのこと.
ここからいきなりの急登で,犬ガ岳の山頂を過ぎると,栂海山荘の前に出る.
正にここにしか山小屋を立てられないという地形の所で,小屋の前は整地してヘリポートになっている.
小屋の前で休んでいると,雨が降り始める.
様子を見ているとすぐに止み,今までのように降ったり止んだりなのかなと思い歩き始めるが,5分としない内に本格的な雨となる
.雨具を着ても,汗で濡れてしまうだろうと折畳み傘を広げる.
黄蓮ノ水場まで下っていくと,5人パーティが休んでいた.昨晩は黒岩平に泊ったとのこと.
水場への道は草で覆われていて,たっぷりと濡れてしまいそうなので,水を汲むのは止めた.
ここからは黙々と歩み続ける.
時々傘を畳まなければ登り降りできない急坂が現れる.
視界が利かないので,目の前に現れる道を辿るのみである.
まだかまだかと歩みながら白鳥小屋に着く.
想像していたのよりはるかに立派な小屋であった.
戸を開けると1人先客がいた.
女性の方で,今日は栂海山荘からとのこと.
入口の前でシャツとズボンを脱いで絞り,それをまた着た.
1階にザックや帽子などを干し,2階に上がる.避難小屋とは思えないきれいな造りである.
休んでいると,先ほどの5人パーティが到着する.
その後単独行の人,しばらくして信州大のパーティが到着する.
今日は総勢11名がこの小屋の住人である.
さすがに栂海新道に来る人たち,午後7時には静寂となった.
ここまで下ってくると暖かく,寝袋は使わずに寝た.


8月10日(土)

白鳥小屋(5:18)…坂田峠…尻高山…国道登山口…親不知駅(9:58)

ここまで来ていればあと少しという雰囲気で朝を迎える.
いつもよりのんびりと仕度をして,「お先に」と言って小屋を出る.
雨上がりの道は所々グズグズになっていて,靴の中も忽ちグズグズになってしまう.
靴の防水加工はもう終わり?40分ほど下って,水場に出る.
朝食で水筒が空になっていたので,水を汲む.
日本海へ急降下という感じの急坂が続く.
坂田峠は車道になっていた.休憩していると,車が1台通っていった.
尻高山を越えて再び林道に出たところで休み,最後のピーク入道山に向かう.
日本海に向かって下るフィナーレは,夏ゼミの合唱に迎えられる.
やがて国道の車の音が聞こえてきて,栂海新道の標識が立つ国道登山口に出る.
着いた!という気持が高まるが,まだ親不知駅までの国道歩きがある.
トンネルの中の右カーブで,大型トラックが目の前に現れた時は,思わず立ち止まってしまった.
今回の山行で初めて日の射す中を歩いて,駅に向かう.
えっ?親不知駅って無人駅?駅前には何も無い!駅に着くともう何も動きたくなくなってしまった.
やまびこ(*2)に電話して,1晩泊めてもらうことにして,親不知駅を後にした.

*2.やまびこ:長年お世話になっている白馬村岩岳の宿.